大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和25年(ワ)7780号 判決

原告 高橋良

被告 橋本作四郎 外九名

一、主  文

原告の請求は孰れもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告橋本作四郎は原告に対し東京都練馬区小竹町二千二百七十七番地の二十一家屋番号同町六十三番木造瓦葺二階建居宅一棟建坪三十一坪二合二勺、二階十五坪五合附属木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建物置一棟建坪二坪六合六勺を明渡し且つ昭和二十五年十二月一日から明渡済に至るまで一ケ月金五千円の割合による金員を支払え。原告に対し被告諸岡敬民、同中井康悦は右居宅の階下応接間八畳を、被告野々村政之亟は右階下奥六畳、四畳半を、被告杉浦経子は右階下入口より向つて右側四畳を、被告橋本成美は右居宅の二階六畳、四畳半及び炊事場五畳を、被告白井正美は右二階四畳及び炊事場五畳を、被告佐藤信衛、同菅沼和之、同成田武夫は右二階八畳及び炊事場五畳を夫々明渡せ、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、請求の趣旨記載の家屋は原告の所有であるが原告の養父高橋研三は原告の代理人として昭和十九年十一月被告橋本を留守番として無償で期間の定めなく右家屋を使用させた。然るところ原告は昭和二十五年十一月二十九日被告橋本に対し書面を以て本件使用貸借契約を解除する旨の意思表示を発し、該書面は翌三十日同被告に到達した。よつて右使用貸借契約は同日を以て解除となり被告橋本は直ちに本件家屋を原告に明渡すべき義務があるのに拘らず、之が履行を怠り、因つて原告に爾後賃料相当額の損害を蒙らせている。次に被告諸岡敬民外八名は原告に対抗し得べき正権原なきに拘らず、本件家屋の内請求の趣旨記載の各居室を占有し原告の所有権に基く使用收益を妨害している。仍て原告は茲に被告橋本に対し使用貸借契約解除による本件家屋の明渡義務の履行及び解除の翌日たる昭和二十五年十二月一日から明渡済に至るまで一ケ月金五千円の割合による損害金の支払を求め、爾余の被告諸岡外八名に対し本件家屋の所有権に基き本件建物の内前記各占有部分の明渡を求める。

仮に右事実に基く請求が理由がないとしても、被告橋本は原告の承諾なくして被告諸岡外八名に対し本件家屋の内請求の趣旨記載の各居室を間貸した。因つて原告は被告橋本に対し右転貸を理由として昭和二十六年三月二十六日の口頭弁論期日にて本件使用貸借契約を解除する旨の意思表示をしたので、右契約は同日限り解除されたのである。被告橋本は直ちに本件家屋を原告に明渡すべき義務があるのに拘らず之が履行を怠り爾後原告をして賃料相当額の損害を蒙らせ、尚被告諸岡外八名は原告に対抗し得べき正権原なきに拘らず前記の通り本件家屋の居室を占有し原告の所有権に基く家屋の使用收益を妨げている。仍て原告は茲に被告橋本に対し本件家屋の明渡並びに解除の翌日たる昭和二十六年三月二十七日より明渡済に至るまで一ケ月金五千円の割合による損害金の支払及び被告諸岡外八名に対し夫々その居室の明渡を予備的に請求すると述べ、被告橋本主張の抗弁事実を否認した。<立証省略>

被告等訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の第一次の請求原因事実中被告等が原告所有の本件家屋をその主張の様に占有していること、原告主張の日その主張の様な解除の意思表示が被告橋本に到達したことはいずれも認めるが、被告橋本が本件家屋を原告から無償で借受けたことは否認する被告橋本は本件家屋を原告の養父高橋研三から賃料一ケ月金五十五円、毎月末日払、期間の定めなく賃借したものである。(尤も昭和二十年三月以降は右賃料の支払の免除を受けた。)仮に被告橋本が原告から本件家屋を無償で借受けたとしても、原告が被告橋本に対し使用貸借契約解除をするときは予め同被告が本件家屋を借受くる前に山田英二から賃借していた家屋と同等のものを斡旋し且移転に要する費用を供出するという特約があつたところ、右特約に基く先給付義務を履行せずして為された原告の本件使用貸借契約解除の意思表示は無効である。従つて右解除が有効なることを前提としてなす原告の本訴請求は孰れも失当である。

原告主張の予備的請求原因事実中被告橋本が本件家屋の内原告主張の各居室を被告諸岡外八名に夫々間貸したことは認めるが、右間貸については被告橋本において事前に原告の承諾を得たものであるから、無断転貸を理由とする解除の意思表示は無効である。従つて右解除が有効なることを前提としてなす原告の予備的請求も亦失当であると述べた。<立証省略>

三、理  由

原告の第一次的主張について按ずるに、本件家屋が原告の所有であることは当事者間に争なく、証人高橋研三の証言及び原告本人訊問の結果によれば、原告の養父高橋研三は原告の代理人として被告橋本に対して本件家屋を原告主張の日時に賃料一ケ月金五十五円、毎月末日払、期間の定めなく賃貸したが、後記の様な事情から昭和二十年三月以降賃料債務の免除をしたことが認められるから、其の後は使用貸借に更改されたものと謂わなければならない。

而して原告が同被告に対し昭和二十五年十一月三十日到達の書面で使用貸借契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争のないところ、被告はその解除の効力を争うのでこの点に付判断をする。

成立に争のない乙第四号証の二に証人橋本とく、同山田英二の各証言及び被告橋本作四郎本人訊問の結果を綜合すれば、高橋研三は昭和二十年三月頃原告の為に本件家屋を買受けたが、当時研三及び原告は台東区黒門町で耳鼻咽喉科病院を開業中であり、さしあたり本件家屋を自ら使用する必要なく、さりとて之を空家の儘にしておくことは防空の見地から許されない事情にあつた為、当時同病院の事務長であつた被告橋本に留守番としてこの家屋に入居することを要請した。

然し、同被告は以前から中野区鷺宮一丁目二百二十一番地所在家屋をその所有者山田英二から賃借居住し居り、之に永住することを決意し同人から代金は割賦支払の約で之を買受くる契約を締結することになつていたので、本件家屋に移住してもこれに永住することは期待し得べくもなく、若し将来留守番の任を解かるるときは、果して従前の居住家屋に匹敵する家屋を求め得られる見込も立たなかつたので、之を固辞したが、研三は被用者として雇主の命に従わない非礼を憤り、同被告に於て右申出に応じないときは解雇すると申向けた為、同被告はやむなくその頃本件家屋に入居した。ところが同家に於ける家計費は従来のそれに比し著しくかさむのみでなく、漸く激しくなつた空襲の危険から宏壮な本件家屋を護るのに奔命に疲れ同被告の妻は心身共に困憊の極に達したので、同被告において研三に対し本件家屋の留守番の任に堪え得ないから之を辞したい旨懇請したところ、研三は強く飜意をすすめ、同被告の家計費の増大による経済的負担を救う為には本件家屋を転貸して收入の増加を図るべきことを示唆すると共に、爾後同被告に対する賃料債権を抛棄し、且同被告の懐抱する将来の不安を除く為に、若し同人に本件家屋の明渡を請求する場合には、従来その居住していた家屋に匹敵するものを斡旋する外移転料も提供すべきことを以てし、要するに、同被告が本件家屋に移住したことにより従前の家屋に居住し続けたであろう場合に比し何等不利益を蒙ることのない様原告の責任に於て善処する旨を確約したこと、その後、前記の様に原告から解除の意思表示があつたので、同被告は右特約の履行に付考慮を懇請したけれども拒否されたことを認めることが出来る。

叙上の様に原告は同被告が当時居住中の家屋をその所有者から買受ける諒解を得ていて之に永住する積りでいることを知悉していながら、原告の便宜の為に雇主たる勢威を藉り、同被告の意に反して本件家屋への移住を強要しておきながら、使用貸借関係であることを奇貨とし卒然として之を解除して無条件の明渡を求むることは著しく条理に悖り信義に反するものであつて、原告としては須らく解除に先立ち前記特約に副う先給付義務の履行として相当な措置を講ずべき義務があるものと謂うべく、この義務を履行しない儘為された解除の意思表示はその効力を生ずるに由ないものと断じなければならない。

然らば原告と同被告との使用貸借契約が解除されたことを前提とする原告の第一次的請求は既にこの点において失当であるから爾余の点に付判断する迄もなく之を棄却すべきである。

仍て更に原告の予備的請求に付按ずるに被告橋本が本件家屋の内原告主張の各居室を被告諸岡外八名に間貸したことは当事者間に争なく、原告が本訴において被告橋本に対し右転貸を理由として本件使用貸借契約を解除する旨の意思表示を為したことは訴訟の経過に徴し明かであるけれども、被告橋本が本件家屋を転貸することに付予め原告の代理人研三の承諾を得たことは前段認定の通りであるから、無断転貸を理由とする原告の契約解除の意思表示も亦その効力を生ずるに由なく、之が有効であることを前提としてなす原告の予備的請求中被告橋本に対する本件家屋の明渡並びに契約解除後に於ける損害金の支払を求める部分は失当なること明白であるから之を棄却すべく、又被告諸岡外八名は原告の代理人たる研三の事前の承諾の下に被告橋本より間借して本件家屋に居住していること前叙の通りであるから被告諸岡外八名は之を以て原告に対抗し得べく、原告の被告諸岡外八名に対する予備的請求も亦その理由がなく棄却を免れない。

仍て訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 岡部行男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!